このこ、だぁれ? (お侍 拍手お礼の五十四)

        〜寵猫抄より
 


 この秋は夏の名残りが長く尾を引き、東の方はそこまででもなかったが、西はいつまでも上着要らずの気候が続いたとか。11月の初日はこちらでも、25度以上の夏日というとんでもない日中になったものの、同じ日に北海道では突然の吹雪が襲い、そのまま日本海側はがくんと気温も下がったとかで。

 『ここんとこ、極端から極端なお日和ってのが多いですよね。』

 まま、秋口というのは、例年でも朝晩と昼日中の温度差がある頃合いでもありますから、こっちにも用意はありますがと。童顔なので年齢不祥な編集くんの、気さくそうな笑顔で語られた一言へ。さもありなんと彫の深い目許をたわめ、こちらさんもまた ざっかけない苦笑を返しかかったものの。自分はあんまり出掛けもしない人種であること思い出し、別な苦笑までが精悍な口許へと滲み出す、島田せんせいだったりし。執筆業という、言ってみりゃ“究極のデスクワーク”な職種なのと。勘が鈍ってしまわぬようにと、週に一度は知り合いの道場まで出向き、竹刀や木刀を振るようにしちゃあいるとはいえ、さすがにこの年頃にもなれば、利便性からとはいえ、外出は車を使ってのドア・ツー・ドアにもなりがちで。日に一度も空を仰がぬわけじゃあないが、気がつくと昨日の天気を全く覚えていないこともザラ。

  ――それでも、
    その体躯とお元気をお保ちなところはおサスガですよ、と

 いい年齢だということが前提な言いよう、あちこちで頻繁に掛けられるようになったぞと。夕食の席でだったか、特に他意も無く口にしたところ、

 『皆さんは日頃の勘兵衛様を御存知ないから。』

 そりゃあ嫋やかなお顔で微笑いもって、選りにも選って、古女房が一番意味深な言いようをしてくれたっけ。その七郎次がほらほらと、勘兵衛を手際よく寝かしつけたのは、筆が乗ってしまってのこと、昨日一昨日をほとんど眠らずの状態で過ごしてしまったからで。そのままずるずると昼夜逆転になってしまわぬよう、軽い昼寝で済まさせることもあるけれど、思う存分寝ててください…ということか、こたびは寝飽きるまでそっとしておいてくれて。くああと欠伸を漏らしつつ、それでも十分に寝たりた身は、いつまでも布団の中にいるのを善しとはしない辺りが、壮年殿の気の若さの現れか。適当な日常着へと着替え、寝室から出てみれば、まだ明るいので昼間だろうが、家人の気配はせずの静か。時折どこからか細く高い風の音がし、廊下が不意にふっと暗くなる。おや一雨くるのかなと、顔を上げて漆喰壁にはまった窓を見やれば。その動作に合わせたような調子でするすると、足元の陰の輪郭がはっきりしだし、明るい陽が戻ってくるから、よほどのことに風が強くてのこと、上空で積雲を追い回してでもいるらしい。椅子の背に掛けてあった衣服にカーディガンもあったのは、今日は思ったよりも冷えますよという七郎次の心遣いだったらしく。スリッパをのんびりと鳴らして居間までを進むと、

 「にゃっ、みゃあに?」
 「そうそう、これは ここんチに来たばかりの頃のだよ?」

 愛らしい仔猫の声へ、少しばかり柔らかな口調に和んだ、甘やかな声が応じている。窓の向こう、金色の秋の陽に照らされた庭を背景にして、二人の家人らがソファーに腰掛け、何かしらを手元に広げて眺めているらしく。淡い色合いのフリースの上下に総身をくるんだ、小さな小さな坊やの久蔵。七郎次の手元、その横合いから覗き込むよな格好になっているのは、意気盛んなままに立っちしていてのお膝からのし上がった結果と思われて。

 「あ、勘兵衛様。」
 「にゃっvv」

 御主の気配に気がついてのこと、顔をこちらに向けた七郎次のその懐ろを。向こう側からこっちへと、無造作に跨いでの踏み越えてくる、仔猫様の傍若無人さへも、

 「あ、あ、転ばないようにね。」

 坊やには随分な高さのあるソファーから床へと降りるおり。つんのめりはしないかと 案じる方が先んじて、ついのこととて、小さな背中へ手が伸びてる過保護な辺りは相変わらず。まあ、本体は…大人なら両手の中へ隠してしまえるほどの、小さな小さな仔猫なんで、跨ごうが踏もうが痛くも痒くもなかったことでしょうが。

 「何を熱心に見ておった?」

 遊ぼうとのお誘いか、にゃあにゃと膝元へまとわりついてきた久蔵を。軽く身をかがめ、ひょいと抱えてのそのまま室内へ進み来た勘兵衛。七郎次の傍らへと腰を下ろしがてらに手元を見やれば、装丁もなかなかに凝ってある、表紙の厚いアルバムが開かれており。

 『最初は、写真を1枚だけ、どこかから持って来たんですよ。』

 本にでも挟まっていたのが、何かの拍子に落ちたものだろか。これなぁにと小首を傾げつつ、小さなふくふくした手で久蔵が持って来て“どうじょ”と差し出したのが、随分と古い勘兵衛の写真。丁度 昼食後で、家事にも一段落着いた頃合いだったので、

 「本来はどこにあったものかしらと。」

 書斎からアルバムを持って来、所定の位置を探していたそうで。そうと説明を繰り出しつつ、起きぬけの勘兵衛へと、お腹は空いていませんか? ホットサンドならすぐにも作れますが…などなど、そっちが大事とまず訊くところが抜かりはない女房殿。今にも腰を上げてキッチンへ向いそうなフットワークのよさへと、小さくかぶりを振って見せ。いや、ほれ、お主が用意してくれた、夜食なんだか朝飯なんだかを、食ってから寝たんでまだ空いてはおらぬと、こちらも律義に応じてから、さて。

 「これは…そうそう、確か全集を読んでいてしおりに使っておったのだ。」
 「あ、やっぱり。」

 勘兵衛様、そこいらにあるもの何でも挟んでしまわれますものね。難のある癖のように言うのだな。言いたくもなりますよ。

 「いつだったか領収書をしおりにされていて、
  申告の時期、探すのに結構な骨を折らされましたし。」

 要らぬ手間を増やさないで下さいましと、珍しくも…というよりふざけ半分のそれだろう、ちろりんと斜に構えたような視線を向けたれば。勘兵衛の懐ろにいた久蔵もまた…話の内容までは判らぬくせに、七郎次の視線を追った先、小さな顎を仰のいてまでして見上げた勘兵衛と目が合うと、

 「…みゅ〜〜。」

 微妙に目元を眇めて見せたのが、いかにも“大人の真似をしました”と、言わんばかりな態度だったものだから。

 「〜〜〜〜。////////」
 「久蔵、それはやめておくれ、な?」

 もうもう、何でこの子はやることなすこと可愛いのかしら、略して“惚れてまうやろ”が、七郎次さんの所作へと久々に出たところで…閑話休題。
(それはさておき・笑)

 「案外と古いアルバムも持って来ていたのですね。」

 この屋敷は、実は勘兵衛の生家ではない。随分と早くに両親を亡くしてしまった彼は、表向きには至便だからと言いつつも、その実…思い出が詰まっている生家に住み続けるのが辛くなったらしく。そこでと持ち家の1つだった此処へ引っ越したのだが、とりあえず生活に必要なものだけを持って来たと言っていたはずが、

 「勘兵衛様のお小さいころのですよ、これ。」
 「う……。/////」←あ

 その四方に位置するところへ三角のコーナーシールを貼った台紙へと、写真の隅を差し込んで…という、大変手間のかかる方法で整理していた時代を知っている人はもう少なかろう。(ぎりぎり、生まれたころからカラー写真が当たり前世代は知らないはずだ。) ネガも無いならそれがこの世に一枚きりの写真なのに、そんな収納だったからこそ、ひょんな拍子に1枚だけ落ちてしまったとか、無くしたということも起こり得て、そこから様々に悲喜劇
(ドラマ)が始まりもしたよな、古き善き時代。微妙に濃淡も薄くなったモノクロ写真が幾枚も、それは丁寧に…間にパラフィン紙をいちいち挟んでという、貴重品扱いで貼られてあったアルバムは。跡取り息子だった勘兵衛が、どれほどの溺愛の下に育まれていたのかを表してもいて。

 「…何が可笑しい。」
 「可笑しくて微笑っているのではありません。」

 こうまでお小さい頃の勘兵衛様は、私もさすがに知りませんでしたしと。微笑ましいという方向で、口許がほころんでいる秘書殿だっただけのこと。緻密な黒髪は、丁度今 彼がお膝に抱えた久蔵と変わらぬ年の頃から既にクセがあったらしく。今とは全く趣きの違う、ふくふくした頬の幼子が、呼ばれたのだろ こちらを見やってキョトンとしたり笑ったり、そりゃあ愛らしい姿や所作のスナップばかりなのだもの。今との落差だの何だのという揶揄を抜いても、ついつい…目許はたわむし、頬や口許だって甘酸っぱい笑みで緩むというもの。

 「あ、これは“七五三”ですね。」

 5歳の折のものか、一応の紋付き袴を着せられた坊やが、自分の背丈と変わらぬほど長い千歳飴の袋を、半ばからは足元へと引き摺るようにして立っており。

  ―― このくらいになると、お顔立ちにも今の面影が。
     さようか?

 自分の写真には関心が薄いらしい御主と異なり、七郎次とそれから、勘兵衛のお膝から早くも立っちして覗き込む久蔵には、興味津々な素材に外ならない様子。
殊に、

 「…みゅう?」

 あのね? 同んなじ子ばっか いゆの。
 そいでね?
 シチが微笑うたび、シュマダがむむうってお顔になるの。
 お手々伸ばしてぺちぺちしたら、シチがダメよて言うのだけれど。

 「勘兵衛様だって、判らないのでしょうね。」
 「む…。」

 ふや? シュマダ? これ、シュマダ?

 「……………………。」
 「お。」

 小さなお手々で、台紙ごと写真へおイタをしかかった仔猫様。それを引き留め、勘兵衛様だよと口にしたところ、小さな坊やが固まったので、

 「やはり私たちの話すことが判っているのでしょうね。」

 少し前に、この子の言葉が唯一判る、向こうの国の坊やにも訊いてはあったけれど。それでもね、日頃の時折 歯痒い想いもするものだから。こんな風にそれが判る片鱗拾うと、何だかくすぐったくなる七郎次であるらしく。

 「…ということは、これが儂だというのが意外なことであるらしいの。」

 そこまでの深読みを見事に当ててしまわれた勘兵衛へ、いやいや そんなことはないでしょうと、口調を濁した古女房だったものの、

 「〜〜〜?」

 小さな久蔵、付け根の甲にえくぼの窪む小さな小さなお手々で、自分の白い顎をぺちんと不器用そうに叩き、そのまま撫で撫でと上下させたは、

 「ほれ。儂ならどうして髭が無いのだ?と訊いておるぞ?」
 「う〜〜〜。///////」

 ジェスチャーも相変わらずのお得意らしい仔猫様。なんで?と見上げたご両親が、それぞれ微妙に種類の異なる苦笑を浮かべていたのまで、はてさて気がつけたものなやら?




   〜Fine〜  09.11.02.


  *11月といや、ニシムクサムライで“もののふの月”。
   それと七五三ですんで、
   そっちの話題で、拍手 久々の更新です。
   久蔵もそれらしいカッコをさせられるかもですね。
   お覚悟をvv
(苦笑)

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